『研究所の恋』 「最近、姉の様子がおかしくないですか?」 うららかな昼下がり、そんな陽気とは正反対に真面目な顔をしたエルンストが 真剣な表情で相談してきたのは10日も前のことだった。 「お前の姉ちゃんがおかしいのは、今に始まったことじゃないだろ?」 そうなのだ。エルンストの姉はこいつとは本当に正反対と言っていいほどで、 昔から俺達はあれこれと連れまわされては、姉仲間の話のネタにされたものだ。 お互い いい大人になってからは、そういうこともなくなったのだが、 この姉の相変わらずの傍若無人さは昔とまったく変わらないのだ。 しかし、エルンストにさえ不審がられるくらいだから、かなり不審なのだろう。 キッチンからコーヒーを注いでエルンストに手渡す。 エルンストは受け取ったカップを手で持て余しながら、言いにくそうに俺を上目遣いで見ている。 「おかしいっていうのは、どこがどうおかしいんだよ?」 今更この姉に関して何を言われても驚かない自信はあった。 「・・・このところ毎週休み明けになると電話をしてくるのです。」 「そりゃ、ちょっと不気味だか、別におかしいって言うほどじゃないと思うが?」 腐っても親兄弟なのだから、電話をしてくるくらいどうということはないんじゃないだろうか。 しかし、エルンストはどうも歯切れが悪い。 「・・・・それが、あの、姉の話の内容というのが………貴方のことばかりなんですよ。 いつもロキシーはどんな感じだ?とか、この休みはロキシーと過ごしたのか?とか。 で・・・・、もしかしたら姉は貴方のことを好きなのでは?と思って・・・・・・・。 私は………どうしたらよいのでしょうか?」 「ま、ままま待て。」 さすがの俺でもこの内容には動揺せざるを得なかった。 あの姉が???俺にそんな乙女チックな感情を持っているものか! とにかく不安がるエルンストには『俺はお前の姉ちゃんのことはなんとも思っていないし、 今度電話がかかって来たら聞きたいことは俺に聞けと言っておけ。』と言い渡しておいたのだった。 その後、何度か電話はあったらしいが、いつの間にかぷっつりと掛けて来なくなったようで、 そんな会話をしたことなど忘れかけていた頃だった。 「でね、やっぱりそうなのかなぁ〜って思って〜〜〜♪」 「えー本気ぃ。それ、ちょっと見せてよぅ」 研究院の食堂でやけに盛り上がっているやつらと目が合った時だった。 それまで盛り上がっていた二人が突然真顔になって、お互いの顔を見たかと思うと、 きゃーーー♪と黄色い雄叫びをあげやがった。 普通男なら喜ぶようなところなんだが、なんだか俺はいやな予感がした。 二人に感ずかれないように、食堂を出るフリをして後ろの席から回り込む。 「あれは絶対、研究員の誰かが書いてるんだって〜♪」 「何が研究員の誰かなんだって?」 ビクンと二人が飛び跳ねたかと思うと、話していた奴の方が固まったまま、 目線だけ動かして俺だと確認したらしい。 「あ、は。どうしたんですかぁ?ロキシーさん」 「ん?いや だから何が研究員の誰かなんだって聞いてるんだよ」 顔中に逃げ出したいです!と描いてある二人をまじまじと見つめる。 「えーと、えーと、だから、そのぉ。たいしたことじゃないんですけど〜」 なにもこっちはお前らを取って食おうなんて言ってないんだが。 にっこりと笑顔で返事を即してしてやる。 「えーと、あのですねぇ。この間イベントで買った本でぇ、お話の舞台が研究院そっくりのがありまして、 ・・・・で、その・・・・・・すごくロキシーさんに似てる人が出てるものですから〜〜」 なんだか、ごにょごにょと歯切れが悪い。 「何だよ、それちょっと見せてみろよ」 「えーーーー!!!だ、ダメです!!!ロキシーさんのエッチ!」 俺が伸ばした手を思い切り振り切って、じりじり後ずさりしたかと思うとすごい勢いで 二人は逃げていった。 「エッチ!って・・・・・・。おい、そういう本なのかよ」 昼間の食堂でのことが気になって、デスクに戻ってから検索をかけてみた。 研究院・本・・・。 出てくるのは研究院が発行したり監修した本の回答ばかり。 なにか引っかかるんだよなぁ。せめて本のタイトルだけでも解れば・・・。 さっきの奴らと捕まえて、もう一回話を聞いてみるか? あいつらイベントとか言ってたよな?一般の本屋で買える書籍じゃないってことか。 似てるって、登場人物が俺に似てるって………。 それって・・・・・? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 なんだか一気に謎が解けた気がした。 そして、恐ろしい想像が背筋を走っていった。 「あんた何考えてんだ?!」 俺の荒げた声にからかうような声が返ってきた。 「なーんだ、もうバレちゃったの?」 エルンストの姉が悪びれる様子も無く、電話口でクスクスと笑っている。 やっぱりこの人だったか----。 「あれほど、関係者には見せちゃだめだって書いておいたのに。あ、でも一応フィクションですから実在してませんって 書いたんだけどなぁ、やっぱり眼鏡の堅物主任とか書いちゃったらバレバレ?一応あの子、有名だしね〜」 なんだ?俺だけじゃなくて、エルンストもモデルにされてるのか? 「姉が弟、ネタにしてどうする」 「でもちゃんと名前も変えてあげてるのに。ひょっとしてあんた達、院でもバレバレなんじゃないの?」 「あのな〜〜〜それってどういう内容なんだよ。」 「あら、あんた読んだから連絡してきたのかと思ってたわ?読んだんだったらちょっとは感謝して欲しいくらいの内容なのよね。 今度送ってあげるから、本人的感想聞かせてよ。あ、でもエルンストには内緒よ。あの子が見たら死んじゃうから」 確かにかなり思いつめていただけに、あの電話の内容が、姉が個人で出している小説のネタ探しだと知ったら、 かなりショックを受けるかもしれない。 しかも内容がコレでは・・・。 「でも、結構評判いいのよねぇ。『研究所の恋』 あ、でもあんた年下の攻めって設定だからね。」 なんなんだ?その専門用語は。 「でもエルンストにさぁ、あんたとの話聞いてもあんまり教えてくんないのよねぇ。」 当たり前だ!どこの世界に自分の姉に、姉も知ってる友人との(しかも男)恋愛話をする弟がいるんだ。 「でも、安心するのよ ロキシー。私はあんたの味方だから!」 その声と台詞にどことなく真剣みのない感じがするのは俺の気のせいか? それに俺にとっては、すでにあんたの存在自体が敵なんだが・・・・。 「だって、あんたがうちに遊びに来た時のことだって、私黙っててあげてるでしょ♪」 「なっ・・・どこから見てた?!!」 いいや!そんな訳ない!あの時は誰も居なかったはずで・・・・。 「あはははは。いや〜ねぇ。見てるわけないでしょ。あーでもそうなんだ〜。いいコト聞いちゃった」 ・・・・はっ・・嵌められた。 くそっ!この女とこれ以上話していたら、何を仕掛けてくるか判ったモンじゃない。 「と、とにかく あんたもいい加減人に迷惑かける生き方改めろよな」 「あれ〜?ロキシーあんたひょっとして、動揺してんの?」 「切るぞ!」 スイッチを切る間、電話の向こうでバカみたいな笑い声が聞こえた。 この女には一生勝てないだろう敗北感と、ふつふつとこみ上げる怒りにまかせて、俺は電話を投げつけた。 それにあの女は、俺がエルンストに姉のこんな話をしないことなど、はじめっから判っているに違いない。 くそっ。エルンストの姉ちゃんじゃなきゃ、人権侵害と精神的苦痛で訴えてやるとこだ。 後日-----。 俺の元へ郵便が届いた。 中身は数冊の本。 内容はとてもじゃないが、エルンストには見せられる代物ではなかった。 しかし、俺達は本当にいつもどこからか観察されているんじゃないだろうか。 この恐ろしい姉上様に―――――。 |
以前、エル姉が同人やってたら、出してる本読んでみてー!!! という話をしたことからこういう話が・・・・。(笑) あいかわらず、私が書くと主任の出番がまったくないのは何故だ? しかし、ロキシーは贈られてきたこの本を全部読んだのだろうか? つーか、自分から送りつけてくるあたり、お姉様、さすが!としか 言いようがありません。お姉様のスペースに手土産持ってご挨拶に 行きたい気分です。 |