<Lover On My Back>



 上空を吹く風と一緒に澄んだ空を鳥の声音が渡る。
聖地は眩しいほどの陽光の下で、今日も緩やかな時の中にある。
人々が憩う公園にこの日も色とりどりの品を並べる移動店舗から愛想の良い挨拶が聞こえた。
満足げに面を崩しながら一度振り返る夢の守護聖が、大きく上げた手を店主に向けて揺らすと、腕に填めた
細いプラチナがシャラシャラと煌びやかな音を発てた。
店主は前にも増して人の良さそうな笑みを浮かべ、
「毎度おおきに〜」と頭を下げた。
 店に訪れてはまず値段の交渉を口にするオリヴィエとのたわいのない会話は店主チャーリーに
毎回困った表情を作らせるが、その言葉とは裏腹に彼自身がそれを随分と気に入っているように見えた。
 オリヴィエが買い求めた装身具の抜けたスペースを後方に置いた衣装箱から補充しようと身体を返した
チャーリーの目に品良く飾られた小箱が入る。
『ああ、これもあったんやな・・。』
 客の注文で品物を取り寄せる際に、望まれればそれなりの包装を施すのも、彼の商人としての才覚かもしれない。
これも守護聖の一人から受けた注文で、大げさにならないくらいの包装をと希望された事を受け、薄いブルーの
ワックスペーパーで上品に包んだ小箱に、果たしてリボンを掛けた方が良いのかを聞き忘れたのを思い出し、
しかしそれなら本人が店に来てから確認しても、遅くはないと今朝からそのままで置いてあったのだ。
『・・にしても、あのお方は今日は来られるんかいな・・』


 渡された袋を大事そうに抱え、顔を見合わせながら笑い合う若い女性達。
「ほい!落とさんよう気ぃつけてな。」
「うん、ありがとう。」
両手いっぱいになる荷物を懸命に持つ少年。
恐らく家族に頼まれた買い物なのだろう。
大きな変化などない聖地に住まう人々は、この移動店舗が数少ない楽しみなのだろう。
天の中心にあった太陽は気が付くと大きく西に傾き始めていた。
 この日持参した商品はあらかた片づいて、朝には零れるくらい埋まっていた棚もポツポツと空いたままになっている。
店主は大きくのびをした後、残った品物の数を数え「そろそろ終いやな〜」と一人呟いた。
 幾枚もの反物を手際よくたたみ、華奢なグラスを一つずつ布でくるむ。
キラキラと目を引く色鮮やかなキャンディーは広口の瓶に収め、上品な造りの文具を木製の箱にしまおうとした時、
後から声が聞こえた。
「もう、片づけられているんですか?」
弾かれたように振り向くと、
柔らかく微笑む青年が店主を見ていた。
「ああ、いらっしゃい♪」
チャーリーの返す笑みは今まで訪れた客に送ったものより、
どこか輝いて見える。
「いやぁ、これを片づけたらチラッっと顔だそ思てたんや。」
「そうでしたか。」
言われた青年もやはり嬉しげに笑う。
お手伝いしますね、言いながら青年は手前に並ぶ空になった箱を集める。
チャーリーはそんな彼の仕草に『何しても品がええなぁ・・』
などと口には出さず呟いて暫し見惚れるのだった。
 彼らは一応恋人同士ではある。
しかし、手を繋いだのはほんの数度で、ましてそれ以上のふれ合いなどしたこともない。
 青年が大きな壺に手を掛けた。
「ああ、ティムカちゃん。それはメッチャ重いし、一人じゃ無理やでぇ。」
「本当に重そうですね。じゃぁ、私がこちらを持ちますね。」
 別段、この気品在る物腰の青年ティムカに嫌がっている風はなく、
ひとえにチャーリーが今一歩を踏み出せないが為の距離なのだろう。
 片づけ終わった店舗の前で、二人はたわいもない会話に笑顔を交わす。
突如チャーリーは思い出したと言う顔をして、ゴソゴソと何枚も重ねた衣服のポケットを探る。
取り出したのは掌に収まる程の箱で、それを差し出しながら少し決まりの悪そうな風にこう言った。
「これ、この前オークションで見つけてん。ティムカちゃんに似合うかなぁ・・なんて思ったんで。」
渡された小箱をそっと開けると中には細かい宝石が埋められた襟止めの飾りボタンが入っていた。
巧みな細工を施されたそれは宝石の数に反して、すこしも大仰な印象を与えない上品な煌めきを放っている。
「あ、ありがとうございます。大事に使わせていただきますね。」
蕩けるような笑みを返されチャーリーは大いに照れたのか、意味もなくあははは、と笑い何度も頭をかいた。
「これは何という宝石なのですか?」
「何て言うたかなぁ・・。何かなが〜〜い名前だったような。」
 ティムカの手に乗せた飾りを覗き込み、何時になく顔を寄せ合って会話する自分に気付き、
チャーリーは次の一手を指そうか指すまいかと思案する。
『こんなとこで・・・・したら、怒るやろなぁ。』


「もう・・・終いか・・?」
掛けられた声に二人は同時に顔を上げた。
怒っているわけではないのだろうが、現れた男は押さえた抑揚のない声色でそう訊ねた。
「あ、ああ。いらっしゃいませ。」
愛想の良い挨拶にも言われた方は相変わらずの無愛想な表情を崩さない。
「先日頼んだ品は・・入ったか?」
「はい、はい。もちろんキッチリと探させていただきました。」
店舗の脇に重ねた箱の上に一つだけ置かれたそれを手に取り、いつにもまして丁寧に差し出した。
「ご注文通りに仕上がってます。ご進物だと伺ってましたんで包装もサービスさせてもらいました。」
リボンはどうしましょ?すぐに出来ますけど・・、
言いかけた言葉は相手の「このままで良い。」の一言に遮られた。
「毎度おおきに〜〜〜」
チャーリーの声を背に受けながら、男は振り向きもせず夕日射す通りをゆっくりと歩み去っていった。
 しかし、彼の向かう先がその執務室でも、また私邸の方角でもない事に、この何にでも興味を持つ店主は首を傾げた。
「どうされました?」
いつまでも去って行った姿を目で追うチャーリーにティムカが声を掛けた。
「いや、あれを持って何処ぞへ行かれるんかなぁ・・なんてね。ちょお、考えとったんや。」
「そうですか。あちらは森の方角ですね。」
答えたティムカは特に興味もない様子だった。
自分がしなくても良い詮索をしていたのだと思い、
チャーリーは殊更大げさに「さぁ、店じまいや〜〜」と大きく声を出してみた。
「片づきましたら、あの・・私の所でお茶でも飲んでいかれませんか?」
最後の荷物をカートに積んでいたチャーリーは、思いも寄らぬ誘いに少し慌てた風で振り返る。
「え?ほんまぁ?うわぁ〜〜、それは嬉しいなぁ。」
「さきほどのお礼・・と言うわけではないですけど、丁度おいしいお菓子もありますから。」
この二人互いに想い合ってはいるのだが、ティムカのどこか他人行儀にも思える丁寧な物腰ゆえ、どうしてもそう
見えない部分がある。
 もう少し親密に接しても良いのではないかと、チャーリーは常に考えるのだが、そう思うばかりでそれを越える術が
見つからない。
埋まらない溝がある訳ではなく、ただそれに掛かる橋がどこにあるのか分からないのであろう。


 積み終えた荷物を手際よく固定し、チャーリーは積み残しがないか目を配りながら数を数える。
彼の傍らでそれを面白そうに眺めたいたティムカが穏やかに言った。
「あれは、ジュリアス様ですよね。」
 顔を返し送った視線の先に長い髪を煌めかせ、何やら急いだ風に通りを行く姿が見えた。
腕の時計に目を遣ると時刻はすでに定時を過ぎていたが、彼の光の守護聖がこんな早い時間に聖殿を出るのは珍しい。
チャーリーも今まで守護聖殿の外で彼を目にしたのは、店の捌けた後馴染みの守護聖の私邸に招かれた時の帰りなど
で、すでに月も登る時刻になってからだった。
『やっぱりそうやったんか!』
チャーリーは胸の中でそう言うと、しごく納得した顔を作った。
その時彼の頭に悪戯な考えが浮かぶ。
「ティムカちゃん、ちょっと一緒に来てくれへん?」
「何処へですか?」
それは・・ええトコや♪、言うが早いかティムカの腕をとる。
どさくさに紛れたとは言え、自分のさり気ない行動に口元が緩むチャーリーである。
 以前から彼には気になっていたことがある。
たまに現れては買い物をする闇の守護聖が取り寄せて欲しいと頼む品物がどう考えても彼が自身の為に求めている
ようには思えない時がある。
先程もそうだ。
手渡した箱の中身は、およそクラヴィスが使うとは思えないプラチナに小さなダイヤをあしらったピアスの片割れだった。
それを注文しに訪れた時、彼の守護聖は一つのピアスを持参し、これと全く同じものを探して欲しいと言ったのだ。
出来れば片方だけで、無理であれば対でも構わぬと。
誰かの為以外には考えられない。
それも極親しい誰か。
『それにしても、お相手がジュリアス様とは・・。』
 商人の鉄則として客の素性やその目的など詮索するのは以ての外である。
しかし、この聖地を揺るがすかも知れぬ大スキャンダルを放っておく手はない。
別にそれを知ったからと言って、誰彼かまわず放言するつもりもサラサラなかったが、自分の予想が的中し、
しかもそれが予想を遙かに超えた結末なら、やはり見てみたいと思うのを誰も責めはしないだろう。
同じ状況なら畏れ多い守護聖であったとしても
---まぁ、そんな事をするのはオリヴィエかゼフェル辺りではあろうが---
同じ事をしたに違いない。
 ただ、ジュリアスの向かう先にクラヴィスが待って居るのを、自分の目で見ればそれで良いといった程度の事である。
それに、この事をティムカと二人だけの秘密にするのも、なかなか悪くない思いつきだとチャーリーは更に頬を緩める。


 幾重にも重なる木立の間を、本当に急いでいるのだろう、ジュリアスは大股に歩を進める。
しかし、彼の纏う純白の衣装と背に揺れる黄金色の髪により、かなり離れてその後を追う二人が見失う事はなかった。
目では先を行くジュリアスを追ってはいるが、繋いだ手の柔らかな感触を意識するたびに、チャーリーは胸の鼓動が
早まるのを感じた。
『自分がこんなに初やったなんて、気ぃつかんかった。』
前を向いたまま気付かれぬよう苦笑する。
 多分この先にある湖にジュリアスを待つ者がいるのは、間違いないだろう。
そう思う間もなく目の前の木々が捌け、もうすぐ沈むオレンジの光を映す湖面が現れた。
 岸辺に立つ一際大きな古木に凭れて、ボンヤリと佇む人の姿が目に入った。
その傍らに駆け寄ると、常は怜悧な面もちを崩さぬジュリアスが、思いも寄らぬ表情を作り何か話しかける様が見える。
そこから僅かに離れた茂みに隠れ、チャーリーとティムカは刻々と色を変える残光の中で、暫し見つめ合う二人の姿に
目を奪われていた。
「やはり、お二人は仲がよろしいですね。」
肩先から聞こえた声にチャーリーは驚いて顔を返す。
「え??ティムカちゃんも気ぃ付いとったん?」
声を殺し、それでも大層ビックリした顔で訊ねる。
「ええ、ジュリアス様もクラヴィス様も、お二人だけで話されている時は、とてもくつろいだお顔をされていますから。」
 世間の機微にはおおよそ疎いかに見えるティムカの言葉に、やはり一国を統べる国王の片鱗を垣間見て、
チャーリーも成る程と必要以上に頷いてみせた。
 声こそ聞こえぬが、少しの間言葉を交わしていた守護聖二人は、古木の元を離れ更に湖の先に向かい歩き始める。
その時ジュリアスの手に先刻の小箱がある事を、チャーリーは見逃さなかった。


「そろそろ、行きましょか?」
振り返るチャーリーの眼前に、変わらぬ穏やかな笑みを湛えるティムカの顔があった。
 何も考える余裕はなかった。
もう、それはしても構わぬ距離だと思えた。
軽くティムカの肩に手を掛けた途端、自分の唇を彼のそれに重ねていた。
柔らかな感触は思っていたよりずっと暖かい。
鼻先に異国の風の香りがした。
すこし乾いた砂丘を渡る風の匂い。
ティムカの耳の飾りが微かに揺れてシャラシャラと鳴った。
 だが、それはほんの僅かの出来事で、恐らく一分にも満たない触れるだけのキスであった。
唇を離したチャーリーは目を逸らし、しどろもどろに言葉を探す。
「す、すまん。あの、いやぁ・・こんなトコで、でも、あの・・何て言うたらええか・・・。」
クスリと笑う声がする。
「いえ、嬉しかったです。」
「ほ・・ほんまあ??」
「はい。」
 こっくりと頷くティムカの顔を見つめ、チャーリーはもう一度キスしようかと思いを巡らせた。

 湖面を渡る風が見つめ合う互いの頬を撫でる。
もう、空は緋色から深い紺へと変わっていた。




*****END****


最初はぽっちーさんがうちのキリ番リクエストで「小説の挿絵」って
言ってくれた事から頂けた作品なのです。
それって、どっちかっていうとキリ番なのに私の方がどう考えても
得をしているような♪
「宇宙に俺一人」なカップリングを書かせてしまってごめんなさい。
でも、チャーリーもティムカもめちゃくちゃ爽やかでかわいいです♪
ちうまでさせてもらっちゃって、幸せものですよ〜〜☆

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