< hug to oneself >



「ごちそうさま、意外とお料理上手なんだね、ロキシーさん。」
「それはそれは、お褒めに預かりまして。」
「メル、本心で言ってあげたんだけどなぁ〜。」

ここはエルンストの部屋である。
しかし、その部屋に家主はおらず、その親友と小さな友人の二人が夕食を終えたところだった。
「ねぇ、エルンストさんまだ帰ってこないの〜?」
「知るか。っていうか、お前飯食ったんだからもう帰っていいぞ。」
「イ・ヤ。 エルンストさんが帰ってくるまでメル待ってるんだから。」


今日の予定はこうじゃなかったはずなのに
どうしてこんな事になっているのだか------------。


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今日は土の曜日で、午前中の女王候補達の訪問が終われば、午後からは王立研究院も休みになる。
しかし、特に女王試験に関係していない俺などは朝から休みだったりするわけで、これといってすることもなく、
来なくてもいい研究院でぶらぶらしながらエルンストの仕事が終わるのを待っていた。
女王試験を一番サポートしているのは、誰よりもエルンストだと言っても過言ではない。
彼女達のデーターを集め、球体の状況もチェックし、それをまとめて陛下に報告する。
要領を得た今でこそ、徹夜などなくなってはいるのだが、本当ならもう少し休ませてやりたいといつも思っている。
放って置くとしなくてもよい仕事まで始めてしまいそうで、だから隙があれば連れ帰ってやろうと
こうして彼の側で作業を見ているのである。
そう、ただ見ているだけ。

今まで黙々と仕事をしていたエルンストがやおらペンを置いて何か言いたげにこちらを見る。
「なんだよ?」
「ロキシー・・・。私はここに仕事に来ているのですから邪魔をしないで下さい。」
「失敬だなエルンスト。いつ俺がお前の仕事の邪魔をしたっていうんだ?」
エルンストが、ふぅとこれみよがしにため息をつきながら、困ったように眉を寄せる。
「なにもしないで、こちらを見ているだけではないですか。そう見られると気が散って仕方ないのですよ。」
「あのなぁ、俺はなにもしないんじゃなくて、することがないんだよ。
俺が手を出すと今日来てない奴にまた説明しないといけないだろ?」
「することがないのなら、なにもここに来なくてもよろしいじゃないですか。あなたも随分暇なことですね。」
「暇・・・・っていうかー」
おまえが忙しすぎるんだよーと言いかけた時、エルンストのもとへ訪問者ありの連絡が入った。
「きっと女王候補のどちらかですね。お通しして下さい。」
「レイチェルだったら、もっと早く来いって俺が叱ってやるよ。」
「・・・・・余計なことは言わなくて結構です。」
しばらくすると軽い音を立てて部屋の扉が開いた。
アンジェリークかレイチェルかと思って顔を上げるとトテトテとやって来たのは赤い髪の火龍族の子供だった。
「エルンストさぁ〜〜ん♪」
「メ、メル??どうされたのですか?今日は休日ですよ。」
訪問者は今回の女王試験が始まってからここにやってきた占い師のメルだった。
何故かはわからないが妙にエルンストに懐いていて、俺の邪魔・・・いやエルンストの側によくやってくる。
「今日は前に借りたご本を返しに来たの。「宇宙統計学」ってと〜っても難しかったけど、エルンストさんが
薦めてくれたご本だからメルちゃんと最後まで読んだんだよ。」
「それは偉かったですね、メル。」
誇らしげに、にぱっと笑いながらその本を手渡すメルに、微笑みながらそれを受け取るエルンスト。
子供相手になんだが、この構図はあまりおもしろくない。
用件が済んだのだからもう帰るだろうとそこから視線を外すと、とんでもない台詞が耳に入ってきた。
「今日はお昼からエルンストさんもお仕事お休みなんでしょ?明日もお休みだし、あの・・・メルね、
エルンストさんがいいって言ってくれたらね、エルンストさんのお家に遊びに行きたいなぁって思って。」
断れ!っていうかそこは断るところだぞ、エルンスト!
「そうですね、私はかまいませんよ。」
そう、心の中ではどうだか知らないが、こいつは子供の頼みというやつにはどうも弱いらしく
あっさり返事をかえしてしまった。
「わーい、エルンストさん大好き♪」
よほどうれしいのか、隙あらばくっ付きたいのか子犬のようにじゃれ付くメルにあわてふためくエルンスト。
この構図もあまりおもしろいものではない。
それよりなにより面白くないどころかこいつ、どうやら今日はエルンストの家に泊まる気でいるらしい。
「じゃあ、エルンストさんのお仕事が終わるまでここで待っててもいい?」
エルンストになだめすかされて、やっと落ち着いたメルがまたしてもお願いを試みてみたが
さすがにこればかりは叶えられなかった。
「私の仕事はいつ終わるかわかりませんので、メルが退屈してしまうでしょう。
私はお相手が出来ませんので・・・・・・ロキシー。」
「はぁ?」
突然名前を呼ばれて振り向くと、にっこり微笑むエルンストが・・・・。
違う、こういう微笑みは欲しくない。
「メルと私の家に行っておいて下さいますか?あなたはすることもないようですし。」


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天気もいいし、気候もいい。今日は絶好の行楽日和で、午後からエルンストを外に連れ出すにはいい口実だと思っていた。
それなのに俺は、何が嬉しくてこんなちびっ子とこんな日にカフェでデートしてなきゃならないんだろうか。
「ロキシーさん、今日は可愛い子連れてるねぇ。」
研究院から宿舎までの途中にあるこのカフェは、よく仕事をサボる時に使わせてもらっている場所で、
この店の店長とも今や馴染みだ。
まっすぐエルンストの家に連れて行く気にはなれなかったので、昼飯を食べさせて家に帰らせる作戦だったんだが
ここに来たのは失敗だったか。これじゃ後々まで話のネタにされそうだ。
別の意味で頭が痛い−−。
「ロキシーさん、あのね、プリンも頼んじゃってもイイ??」
「どうぞ。」
そういえばエルンストと知り合った時、あの頃のエルンストは今のこいつより年下じゃなかったろうか。
それから長い付き合いだが、あいつが子供の頃プリンを食べたいなんて、俺に言ってきたことなんか一度もなかったな。
いや、プリンがどうとか言う前に、そもそもあいつは子供らしいお願いをしてきたことがなかったと言った方が正解かもしれない。
ウエイトレスがプリンを運んでくると、うわぁ〜いという声と共にメルの目がキラキラしてきた。
プリンってそんなにうまかったっけ?
「そんなにコレが好きなのか?」
いただきまーすの掛け声とともにプリンをすくったスプーンを口に運んだメルが俺を見てニコっとした。
「うん、プリンとかグラタンとか、メル大好き♪ ロキシーさんも食べる?」
そう言って俺にスプーンを差し出す。
「うーんとね、どれくらい好きかって言ったらね〜 エルンストさんと同じくらい好きなの。」
それってどういう基準なんだよ。

一口食べてみる。
  それはすごく甘かった。


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結局俺は、メルと一緒にエルンストの家の前にいる。
カフェを出た後も、いろいろと連れまわしてはみたが、メルは一向に帰る気もなく、反対に晩御飯はグラタンにしようだの
エルンストにもプリンを買って帰ろうなど勝手に決めやがって、買い物までするハメになった。
餌付けが成功してしまったのかベタベタとまとわり付いて腕を組んでくるメルに
「これじゃ本当にこいつとデートしているように思われる!」と、結局折れたのは俺の方で、
こうして家まで連れてくるハメになっていた。

鍵を開けてエルンストの部屋に入れてやると、メルはなんだかえらく感激しているようだった。
本人不在ではあるけれど、憧れの人の部屋というのはいくらこいつでも少しは緊張するものらしい。
「はぁ〜難しいご本ばっかりなんだね〜。」
壁一面の本棚を見上げて、はぁと感嘆の声を漏らす。
「こいつの部屋に絵本や漫画があったほうが驚くね。ま、座れば?」
冷蔵庫に買い物を放り込みながらメルを促す。
それより、こいつの冷蔵庫、相変わらずなにも入ってねーじゃん。
ちゃんと食ってねーんじゃないか?
大体、休みの日だって放っておくと一日中本ばっかり読んで、昼飯だってろくに食べてないし、だからあんなに細いんだよ。
「ねぇ〜」
あん?そういえばこいつ居たんだった。
「エルンストさんのお仕事、もう終わってる時間だよね。いつ帰ってくるの?」
「さぁ?研究に没頭しちゃって、多分俺たちのことなんかもう忘れてるんじゃないか。」
こと研究が絡むと休みも約束も関係ないからな。
人には「人の話はちゃんと聞け」だの「約束の時間に遅れるな」だの言うくせに
研究中の「2分だけ待ってて下さい」は2時間待ちだし。
まあ、そんなことももう慣れきっちまったけど。
「賭けてもいいな。今帰ってないってことは、あいつが帰ってくるのは夜中だよ。」
「そんなぁ、メル せっかくエルンストさんとたくさんお話したかったのにぃ〜。」
ぷぅとムクレてメルが俺を責める様な目で睨む。
俺に文句を言われてもなぁ。
「そんな訳だし、こいつの部屋にも入ったし、やっぱり今日は帰れば?」
そうだ、帰れ。
出来る限りの笑顔を浮かべてにっこりとメルを促してみる。
「ヤだ! だってメルがいるんだからエルンストさんだって早く帰って来てくれるかもしれないじゃない?」
ああ、笑顔が張り付きそうだ。
これから夜中までこいつとここで過ごすのか。
メルじゃないが、別の意味でエルンストには早く帰ってきて欲しいと祈ってしまった。
これから夜は長い・・・・・・・・。



夕食も済んでまったりとした時間が流れていく。
エルンストの部屋にはおよそ「娯楽」と名の付くものがない。
メルは退屈極まりない顔で俺の選んでやった、この部屋にある一番読みやすいであろう本を読んでいる。
それでも難しいことには変わりないが、挿絵や写真が入っているだけマシだろう。
「ねぇ〜〜〜」
もう何度目になるか解らないメルの質問がとぶ。
「だから夜中だろって言ってるだろーが。」
「だって・・・・。もしかしたらエルンストさん、メルのこと嫌いだから帰ってきてくれないのかなぁ。」
今にも泣きそうな顔で思い詰めている。
「それは、ない。きっと急な仕事が入ったんだろ?よくあることなんだから、泣くなよ。」
ああ、どうして俺がこいつを慰めてやらなきゃならないんだ?泣きたいのはこっちだっつーの。
「よくあることなの?」
「そうそう、よくあることなの。」
「じゃあ、ロキシーさんもよく待たされたりする?」
なんだか嫌な予感がして、返事をにごしてみる。
「・・・・なんでそんなこと聞く。」
「次にそんなことがあったらメルを呼んでね♪一緒に待ってあげるから。」
いや、絶対呼ばない・・・・・。
俺の無言の返事に、えーなんでーとか騒ぎだす。さっきまで泣きそうだったんじゃないのかよ。

メルはこんなにも子供っぽい。
くるくると泣いたり、笑ったり、甘えてみたり。
同じ年頃だった頃のエルンストと比べてみても共通点が一つもない。
あいつは聞きわけがよくて、わがままを言って人を困らせることなんてなかった。
もっと甘えてもいいんだと言ってもわかりましたと言うだけで結局そういうことはなかった。
大人ばかりの中で子供ながらに虚勢を張っていたんだと今更ながらに思い出す。
そんなだから、今でも自分に厳しい奴ではあるんだが。
「メルは、エルンストのどこが気に入ってるんだ?」
エルンストを尊敬しているという奴は研究院にもたくさんいる。
けれどどう考えたってあいつは子供に懐かれるようなタイプではない。
「上手く言えないけど・・・・エルンストさんはすごくいい人なの。聖地に来た時にやさしくしてくれたっていうのもあるけど、
エルンストさんはきっと全部が綺麗な人なの。すごく大人だなーって思うけど、なんだか子供みたいなところもあって、
それで目が離せないっていうか…」
どこかうっとりとする瞳で彼の人を思い出す。

「だからメルはエルンストさんが大好きなの。」


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いつの間にか日付が変わっていた。
待ちくたびれたメルはソファーで寝入っている。
クローゼットから毛布を出してきてかけてやると、うーんと寝返りをうったが起きそうにない。
あんなに帰ってくるまで起きてるって言ってたくせに、と軽く笑いが漏れる。
やっぱりこいつはまだまだ子供なんだろう。
寝入ったメルの赤い髪を撫でてやる。
今日はもう少し、優しくしてやってもよかっただろう。
子供相手に大人気なかったと思う。
こいつは本当にエルンストのことをよく見ている。
今の俺がこいつに思うことといったら「うらやましい」という気持ち。
胸を張って大声であいつが好きだと言えること。

カチリと鍵の開く音がして、扉が開く。
「すみません、遅くなりました。」
申し訳なさそうな顔をしてエルンストが部屋に入ってくる。
「あの、メルは?」
「遅すぎるぞ、お前。待ちくたびれて寝ちまったよ。」
顎で寝ているメルを差してやる。
「ええ、かわいそうなことをしてしまいましたね。」
「お前、飯は?」
喰ったのか?と聞きながら台所へ向かう。
「差し入れがありましたので、軽くいただきました。」
「ああ、そう。ところでー」
冷蔵庫を開けるとメルがこいつのために買ったプリンが俺の目に入って、ふいに昼間のことを思い出す。
「お前さ、プリン好きか?」
「プリンですか?あまり好きというほど食べた記憶がないですね」
「そう言うと思ったよ。こいつさ、コレがお前と同じくらい好きなんだってよ。」
エルンストをメルの反対側に座らせて、机の上にプリンを置いてやる。
「それってどういう基準なんでしょうか?」
「さあ?でも、俺にはものすごい愛の告白に聞こえたりしたわけよ。」
今度はスプーンを手に握らせる。
「はあ。」
なんのことだかよく解らないという感じだったがエルンストがメルを見て、一口プリンを口に運ぶ。

それだけのことだけれど、それだけのことなのに。
その姿をみながら、また今、俺の思うことといったら「うらやましい」と思う気持ち。
一口食べるごとに、メルの気持ちがエルンストに入っていくような気がした。
体の中に入って、全部を甘く溶かしてしまいそうな。
たまらなくて、その口にふわりと唇を落とす。
もう、エルンストの中にメルの心が入っていけないように。
「ロキシー?」
多分、泣きそうな顔をしていたのかもしれない。
エルンストは特に逃げようともせず受け止めてくれた。
「何かあったのですか?」


深い口付けは、少し苦いカラメルの味がした。


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「朝ご飯の玉子は目玉焼きにしてねー。絶対だよ!」
「かーっ!朝からうるさいんだよ!お前は」

朝、目が覚めてからのメルのはしゃぎっぷりは昨日の比ではなかった。
エルンストのおはようございますの声に感激することに始まり、
昨日はどうして遅かったかの質問攻めから、口の休まる暇がない。

「ああ、そうだ、メル。昨日は私の為にプリンをありがとうございました。」
「あ、エルンストさん食べてくれたの?美味しかった?」
「はい。美味しかったですよ。」
その言葉に昨日のことを思い出して、少し気恥ずかしくなった。
あれはとても心の狭い行動だった。
「あのね、今日の朝ご飯は目玉焼きなんだよ。
あのねっメルね、目玉焼きもエルンストさんと同じくらいだーいすきなのっ♪」


今朝の朝食はスクランブルエッグにしてやろうと思った。



*END*